第1話 地震雷火事おっさん(2)


フロントガラスの手形がうごいて、くもりを取り払った。
すると、中からこっちを半泣きで見る女性が見えた。


―― ミサキ(20歳独身)はむしゃくしゃしていた。
あったかいレンガ造りの家の中、2階の自室でうろうろしていた。
大学のレポートにも手がつかない。
むしゃくしゃの理由は親子げんか。

「ミサキ、なぜいきなり一人暮らししたいなんて言うんだ!」
「1人暮らしじゃないわ!ルームシェアっていうのよ!」
「そんな事はどうでもいい!何故家を出て行くのかと聞いているんだ!」
「こんな田舎じゃ満足にバイトもできないの!こんなとこで暮らしてたら若さの無駄遣いだわ!」
「だめだ!ならん!もってのほかだ!」
「なんでよ!」
「わしゃあお前の為を思ってだな!」
その一言で堪忍袋の緒が切れた。何回も聞いていていいかげんうんざりしていたのだ。
ミサキはお茶請けのお皿からみかんを手にとり、父親の顔めがけて全力投球した。

「そもそもお前は ぶべらっ!」
みかんは顔面にクリーンヒット。立ったままけんかをしていたので、父親はこけてソファーに
倒れこんだ。

「うるせーよ!パパのバーカ!」
ミサキは顔を真っ赤にして階段を駆け上って自室に入り、壊れんばかりの勢いでドアをしめた。

そんなこんなでミサキはむしゃくしゃしているのだ。
小学生の頃から使っている学習机のイスにどかっと腰をおろすと、溜息をついた。
「なんでだめかなぁ〜、パパ考えが古いんだよ…。」
机の横にある必要最低限の生活必需品をつめたキャリーバックが目に付くと、また溜息をついた。
「荷造りだってすんでるのに、あとはキョーコに電話入れて完璧なのに。」
そしてまた溜息を一つ。

しばらくイスの上でボーっとしているうちにむしゃくしゃはおさまっていった。
しかし、別のものがふつふつと湧き上がってきた。

「そうよ、準備できてるんだったら。」
ミサキはクローゼットを開けて、お気に入りのコートを羽織った。
手袋、マフラー、耳あても装着、防寒は万全だ。
学習机の鍵のついた引き出しを開け、車のキーと予備のメガネをポケットに入れて、キャリーバックの取っ手をぐいっと伸ばした。
「無断で出てけばいいのよ。」

ミサキの部屋の窓は比較的大きかったので、キャリーバックは楽に通った。
手を離すと、雪かきでできた雪山の上にぼすっと落ちた。

一方、父親は…
「あなた、大丈夫?」
「いてて…ミサキのやつ手加減をしなかったな。」
ソファーの上で妻に傷を見てもらっていた。
「なんで許してあげないの?」
「まだ早い。時期がくればさせてやるさ。」
そう言うと父親は胸ポケットから煙草を取り出し火をつけた。
「じゃあなんで『次の誕生日に許可する』って言ってあげないの?」
「お前、プレゼントは中身がわからないからわくわくするんじゃないか。」
「そうですけど、ミサキ怒ってたじゃない。機嫌直してもらわなきゃ…ねぇ?」
父親はしばらく考えこんだ。暖炉のまきが燃える音と柱時計が時を刻む音がする。
「…言うしかないな。」

ミサキの部屋には冬の風が吹き込んでいた。フローリングには何粒かの雪が落ちている。
ミサキは震えていた。寒さのせいではない、妙に高いテンションと緊張でだ。
「わたし、家出するんだな…。」
緊張が、キャリーバックの落ちている小さな雪山を遠く見せた。
「パパ、車ありがと…私行くね!」
ミサキは窓から雪山へ飛び込んだ。

父親は、仲直りの台詞と誕生日の件をどう話すか頭をめぐらせながら階段を上っていた。
「ううむ…ああでもない…こうでもない…。」

ミサキは父親に買ってもらった赤いミニの助手席のノブを引っ張った。
鍵がかかっている。ミサキはキーを差し込んだ。
「この前凍って開かなかったっけ…開くかな?」
ミサキはゆっくりキーを回した。
しっかりとした手ごたえがあり、無事にドアは開いた。
ほっとした後、ミサキはキャリーバックを助手席に置いてドアを閉め反対側にまわった。

父親はミサキの部屋の前で、いい台詞が思い浮かばず立ち往生していた。
ノックしようと手をあげては、思いとどまってまたおろすという動作をくりかえしている。

ミサキは運転席のドアを閉め、シートベルトをしてエンジンを始動させた。
『キュキュキュ、ドルルゥン』
「今日は調子いいなぁ、よし出発!」
ばれないようにライトを消したミニは、深々と雪の降る夜道に消えていった。

意を決した父親はついにノックをした。
「ミサキ、開けてもいいかい?」
しかし返事が一向に返って来ない。
そして何故か風の音がする…。
「入るぞー。」
『ガチャ』
不審に思いながらも開けたドアから、冬の厳しさが父親を直撃した。
開けっ放しの窓から風が雪を運んできていた。
茫然自失で部屋に入ると、机の上に書き置きがあるのが目にとまった。

『ごめんパパ、しばらくしたら手紙書きます。
グッバイv         家出娘 ミサキより』

「ミサキーーーーーーーーーー!」
冬の寒さが父親の心にしみた。

ミサキは上機嫌で車を走らせていた。
「私は〜雪道の〜家出娘〜♪」
雪山に埋まったときに湿ってしまったジーパンは、暖房ですっかりかわいている。
助手席のキャリーバックをチラッと見て、ニヤニヤしながら前を見た。
「確かキョーコの家は、しばらく真っ直ぐ行ってポストが左に見えたら左折だったっけ。」
ミサキは左の歩道を注視しながら車を進めた。

あれからどれぐらいたっただろう、一向にポストは見当たらなかった。
上機嫌だったミサキは疲労で少し不機嫌になっていた。
腕時計に目をやると、短針は12と1の間にあった。
午前0時15分だった。
その時ミサキはとんでもない事実に気がついた。
「…迷った!」
がっくりとうなだれ、ハンドルにもたれかかった。しかし頭でクラクションを押してしまったためびっくりして元の体勢に戻った。
路肩に車を止めて地図を見てみるも、あたりに目印になるものがないので自分の位置の見当がつかなかった。
むしろ雪がすごくてあたりが見えなかった。
「…あーもー、めんどい。寝よ。」
明日になれば明るくなると思い、今日はあきらめて寝ることにした。
シートベルトを外し、シートを倒してミサキは眠りについた。

実は、目印のポストは雪に埋まっていて見えなかったのだ。
出発点から10分くらいの位置にあったのだ。
そして雪はさらに降り積もる…。

起きて早々、ミサキは自分の目を疑った。
あたりが暗い。真っ暗だ。
ミサキはポケットから携帯を取り出し、カメラ機能のライトを点灯した。
フロントガラスに光を当てると、一面が雪で覆われているのがわかった。
後ろも、右も、左も、全てのガラスが雪でうもれていた。
雪が車に積もっているのかと思いドアを開けようとしたが、びくともしなかった。
その時ミサキはとんでもない事実に気がついた。
「…埋まった!」
エンジンをかけて暖房を入れようとしたが、計器を見ると燃料が空だった。
「しまった、寝る前にエンジン切ってなかった…。」
さらに追い討ちをかけるように、電子的な警告音が鳴った。
携帯電池切れの音だ。


『どぉん!』
衝撃音とともに車体が揺れた。
うずくまって寒さをしのいでいたミサキは、ビックリして飛びあがった。
前を見ると、フロントガラスから光が差し込んでいた。
両手で曇りを取り払うと、2人の男が立っているのが見えた。
1人は黒いトレンチコートを着た長髪(ちょっとウェーブ入ってる)のおじさん。四角いメガネが妙に似合っている。
もう1人は黒い皮のパンツに赤いジャケットを着た男。後向きにとがった赤いつんつんヘアーだ。手の甲の部分にスパイクのついたグローブをはめている。

ミサキは助かったと思い、ドアから勢いよく飛び出した。
「た、たしゅかっ…ふげっ!」
そしてこけた。

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